学フェスを支えた方々

23年前に京学三の人数が減り続けていることを知り、学生邦楽を始めようと開催を決定。島田重弘氏に話し賛同を得、京学三の理事の猪鹿倉さんが賛同し協力。その頃、現在NHKの藤原氏、愛知でいちご栽培をされてる加藤氏等沢山の学生の協力を得た。
日本文化の感じる所をと会場探し。京都北区の愛染倉をと決め、直談判。参加費無料で私の薬剤師のアルバイト料で開催することを知った支配人の野田啓様が理解され、亡き市田会長は会場費は支払えるだけで良いと、開催。それ以後10数年愛染倉のお世話に。野田様はあの時の伊藤さんの厚かましさには圧倒されたとか。そんなつもりは無かったけど、今も親しくして下さる。
亡義兄にはワープロやお箏を運べるようにと車を貰う。ボランティアの山代谷さんもお箏を運べる車に買い替えられる。アルバイトは10年以上間続け、費用にあてた。
3回目に全国規模に広げた時には長浜市のお世話に。大変だったけど、長い間舞台監督をして下さった川中さん、斬新な舞台美術をして下さった野田八重乃さん等20人を超えるボランティアが泊まりでお世話に駆け付けて下さった。イベント冊子の表紙のイラストの陣崎草子さん、その時に協賛金を貰いに歩いた企業は山ほど。東京までも行って乗り込んで行ったら、その馬力にとトヨタから5年間、新日鉄から5年間、他に関西電力、等各所から協賛金がおりた。
全国の大学への誘いかけの文章は亡弟・吉本正洋の
≪限りなく自然な音・・・筝、三絃、尺八  
奏でる音色は心への語り、
言葉が言葉で無かった時代
音は全ての語り手だった≫
だけでしたが、170人の学生が集まった。

書きだしたらきりがないほど、企業、行政の方にご理解いただき協賛金を、時には助言も頂いた。あちこちにその頃の尺八の石川利光師が言われるようにダンプカーとしてのエピソードが残っているらしい。文化庁の方も。
プロの演奏家の方々にはたくさんの方にお越し頂き、池上眞吾師・菊重精峰師・藤原道山師等、学フェス委嘱作品を作曲していただいた。贅沢この上ない。
蔭では学フェスに出演するクラブの指導を無料でされる先生方も沢山おられるようだ。
3回目より楽器の寄贈を始めた。沢山の方々から寄贈頂いたが、8回目より、法然院の梶田貫主様が聖護院八ッ橋総本店の玄鶴堂邦楽基金より出してくださり、楽器の寄贈を続けている。大阪の老舗の梅屋さんは「三味線無料クリニック」と共に三味線やお箏の寄贈を長年して下さり、尺八無料クリニックは松本浩和さんが20年間して下さった。
最後に一番大切なボランティアの人達、学フェスOB会、「えん」の人達、北川社中の姉妹弟子、そして、高校生からワープロの入力の手伝いを始めた娘と蔭で支えた今年浄土に逝った主人に感謝。

皆々様に感謝しかない。
飛びユリ
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